生活保護は恥ずかしくない。受けていた自分がそう思うまで。

Welfare is a right

厚生労働省が、はっきりと「生活保護の申請は国民の権利です」と言った

12月22日に厚生労働省が「生活保護を申請したい方へ」という題名のホームページに、こんな掲載をしました。

Ministry of Health Labour and Welfare

生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにでもあるものですので、ためらわずにご相談ください。

inaba twitter

さらにクリスマス。Twitter上で、「#生活保護は権利」というハッシュタグがついたツイートが私のタイムラインに流れてきました。生活困窮者の方々を支援している方々が、とにかくためらわずに相談にきて、と呼びかけていました。それを見たときにめっちゃ賛成なのに、どうしても複雑な気持ちになりました。

生活保護を受けていた幼少期

複雑な気持ち、をもう少し言語化してみようと思います。

私は母子家庭育ちで、生まれた時からこれまで「父親」というものに会ったことがありません。

詳しい事情は、あまり知らないのですが、生まれる前に別居、生まれた後に正式に離婚をしています。母は妊娠6ヶ月くらいの時に私を流産しかかって、絶対安静の期間が長くあったようで、体への負担も、経済的な負担も大きかったようです。生活保護を受けていたのは、私が生まれたあと。

シングルマザーとなり、子育てと仕事を一気に両立することになったけど、保育園も仕事もない。そこで、使ったのが生活保護制度と、職業訓練制度でした。とにかく、親子2人で生活していくための基盤を、この制度を使って作っていったわけです。

子どもである私は、母とこの生活保護や職業訓練の制度に、感謝の気持ち以外ないです。

「生活保護を受けるくらいなら死ぬ」に反論できなかった自分

2002年、私が高校2年生の時、我が家に激震が走りました。

当時の首相は小泉純一郎さんだったのすが、児童扶養手当の打ち切りや減額をすることが決まりました。我が家はばっちり、減額の対象に入っていました。だいたい月々1万5千円くらいの減額。それはまさに、私が高校に行く「定期券代」でした。

絶対貧しさから抜け出したい!と意気込んで、県内トップクラスの進学校に進んだのですが、家から1時間半くらい、バスと路面電車を乗り継いで通っていました。周りに、自分ほど貧しい家庭があったのかは、はっきりとはわかっていませんが、話している内容から推測するに基本的には家庭の経済環境はいい方の人が多かった学校でした。わかっていながら、つい、「定期券代がない」とぽろりといってしまいました。
その時の、驚かれたというか、困られたというか、信じられないというか、そういう顔は忘れられません

その時のフォローが、
「あーでも生活保護受けるわけじゃないし、大丈夫だよ!」
「そうだよ、生活保護受けるくらいなら死んじゃうけど、定期券はどうにかなるよ」
でした。県内でもトップクラスの頭脳を持っていることが疑わしくなるくらいの根拠のなさですが、一生懸命フォローしようとして言ってくれた言葉だということはわかっているので、「そうだよね」と笑って答えました。「それ(生活保護)も受けてたんですよね」とはいえませんでした。

恥ずかしいという気持ちを越えさせてくれたもの

記憶の中のTVでは、生活保護を受けている人がパチンコをしている姿が映され、コメンテーターが批判していました。生活保護を受けていたことは恥ずかしいこと、そんな風に考えるようになっていました。

転機になったのは20歳の時に、ピースボートでの地球一周です。
ピースボートのクルーズには、テーマというものがあって、私が乗ったクルーズは「だから南半球。本当の豊かさを求めて」というテーマだったらしく、「貧困」とか「持続可能な社会」をキーワードにした講座がたくさんありました。

こうやって書くと、それを選んで乗ったのかな?と自分でも思ってしまうのですが、全然違います。この地球一周を選んだのは「時期・タイミング」。その時期が一番乗れるタイミングだったからでした。

この旅で、ベトナム・ケニア・南アフリカ・ブラジル・アルゼンチン・イースター島やタヒチを訪れて、船内でたくさんのゲストの講座を聞いて、私は「貧困は構造的な問題であること」「構造的な暴力が存在する」ということを知りました。当然、100%個人に課題がないと言っているわけではありません。
でも、私の交通費の捻出に苦労するのは「お金もないくせに、私が家から遠い進学校に行きたいと言ったからだ」とか「女性一人で子育てなんて大変だとわかっているのに、離婚するからだ」と思わなくてよかったのかもしれない・・・と感じることができたことは、私にとって大きな気づきでした。

仕組みが悪いから自分の恥だと思わなくていいということではなく、恥と感じさせているものはどんなもので、それは事実なのか、恥と思わせたい人はどんな人で、どんな効果があるのか、そういうことを考えるようになりました。

だから、今は、「生活保護を受けるくらいなら死ぬ」という人には、「どうしてそう思うのか」「いつからそう思っているのか」「どんな制度かどのくらい知っているのか」を聞いてみたいなと思っています。

生活保護に助けられた私が、ちゃんと声をあげよう

これを読んでくれている人は、どんな人でしょうか。

たまたま見つけて読んでくれた人、生活保護を受けた人ってどんな人?って疑問があった人、生活保護をうけるか悩んでいる人・・・最後まで読んでくれてありがとうございます。

生活保護の制度は100%完璧なものではないし、受給している人の中で正しくない人もいるかもしれないです。でも私が実体験として伝えられるのは、今ある制度を活用して、親子で死なずに、自分の人生を歩くことができている人(私)がいるということです。

私なりに、制度で変えて欲しいと思っていることは声をあげていき、だけど、本当にギリギリの人が増えている今は、「生活保護は恥ずかしいことじゃないよ」というメッセージをとにかく発信したいなと思います。

 

タイトルとURLをコピーしました